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代理潜水艦(泥)

​伊賀大 / IGA Dai

油粘土、パイプ、PC、スピーカー、カラーボード、プラスチックボード、ブックライト、   ミラーシール、紙やすり、写真、テープ、塗料

 潜水艦が停泊する港はこの国に二ヶ所しかない。その一つが横須賀だ。この地に166年前、ペリーが黒船に乗り来航し、その後帝国海軍の鎮守府が置かれ、戦後は米軍の基地も出来た。日本の潜水艦は米軍施設の一角に停泊している。かつて、防衛大学校に在学していた私は、休日に映画館のあるショッピングモールから潜水艦を眺めるのが楽しみの一つだった。横須賀の軍港は観光名所でもあるのだ。
 

 軍港以外にも観音崎灯台、三笠公園、カレー、ハンバーガー、チーズケーキ、バー、スカジャン...... 横須賀の観光名所や名物はわかりやすいものだけでも沢山ある。しかし、特撮やゲーム、小説という「作られたもの」から目に見えないレイヤーを通して「作られた」観光地が存在する。ゴジラは観音崎から上陸する。ガリバーも観音崎から上陸する。ショッカーは猿島にアジトを構え、馬堀海岸にはのりものポケモン、ラプラスが湧き、米軍基地にはあばれうしポケモン、ケンタロスが湧く。これらは撮影に使われた「聖地」であるものもあるが、真偽不明であるものやそれっぽいだけのものも混ざっている。だがしかし、デマと言ってしまっては少々味気ない。だって、それらは紛れもなく、横須賀の地が作り出したものではないか。挙げた例もなんだか自衛隊が動きそうなものばかりだ。米軍まで動いてしまうかもしれない。
 

 初代ゴジラは一般的には品川の八ツ山橋から上陸されたとされており、横須賀にはそもそも一歩も 踏み入れていない。だが、ペリー上陸の地である横須賀には人々に「ゴジラも黒船の如くこの地に上陸したのでは!?」と思わせるだけの力があったのだと私は考えている。(因みに観音崎の最寄り駅は 「浦賀駅」である。しかし、ペリーが 上陸した「浦賀」は現在の久里浜のことである。)
 

 ポケモンGOのリリース当初、横須賀はレアで強力なポケモンであるラプラスが出るスポットとして話題になっていた。米軍基地からはアメリカ限定のポケモンであるケンタロスも出るのではないかと噂になった。私はリリース当初、横須賀でポケモンGOをやっていたが、野生のラプラスには遭遇したことがないし、ケンタロスは論外だ。しかし、そんな横須賀のポケモンGO熱もあって、横須賀市側がポケモンGOのための地図を作ってしまった。その結果、横須賀の熱が公式にまで伝わったのかなんと横須賀でサファリゾーンと呼ばれるイベントが開催されることになった。しかもその場所は、日露戦争で使われた軍艦を公園の一部にした、横須賀の中でも特に有名な観光地、三笠公園である。
 

 私はこれを「軍の町」の敗北のように感じた。横須賀市がポケモンGOを熱烈に歓迎したのは、横須賀が急激な人口減少に悩まされる町であり、未来への悩みを抱える町だからこそである。一時的なブー ムで判断するのは早計なのだろうが、「軍港」や「海軍カレー」などの「軍の町」としてPRされた横須賀が掴めなかったものを、「ポケモンの町」としての横須賀が掴んだように感じたのだ。
 

 しかし、「ポケモンの町」が「軍の町」としての横須賀を消すことはない。他のコンテンツに関してもそうだ。先ほどのゴジラの例と同様、それらは「異文化」「脅威」などがやってくる町という横須賀の根幹的イメージの上に作られたものであるからだ。そして、その根幹のイメージの一端を担うのが 「軍」なのだ。
 

 この展のタイトルでもある「々」は前の文字を引用する文字である。では「々」と前の文字の持つ力は同じだろうか。いや、きっと違うだろう。前の文字ほどの力を、引用にすぎない「々」が持つとは考えにくい。しかし、もし「々」が前の文字より大きな力を持つことになったならば、その力は一体何を起こせるのだろうか。もし前の文字が姿を眩ましてしまったら、引用していたはずの「々」は何になってしまうのだろうか。
 

 町は死ぬことが許されない。人口や観光客が減ったならば、増やすことを考えなければならない。 どんな手段を選んでもだ。その一方で、「軍の町」という要素は不死性があると私は考えている。歴史と地理的要因に裏付けられた要素だからだ。ただし「軍」のコンテンツとしての魅力が衰弱する可能性は常にあるだろう。
 

 私が防衛大学校に入校した当時、同期の誰もが志望理由に「災害派遣」についてのことを入れてい た。斯く言う私もその一人だ。丁度東日本大震災から3年が経ったときであり、自衛隊への人々心象が特に良かった時期だ。 しかし、「災害派遣」は自衛隊の主たる任務ではない。主たる任務は言うまでもなく「国防」なのだ。教官である自衛官たちはその危うさに気づいていた。人々の見る自衛隊の像が「軍事力」よりも「災害派遣隊」として大きく映る様になっていたのだ。
 

 この作品は潜水艦に擬態する逆さまの泥舟と、下に伸びる潜望鏡からなる。泥舟の周りの潜望鏡は是非覗いてほしい。横須賀の風景が見える様になっている。この展示会場の奥ににPCと共にもう一つ 潜望鏡が置いてある。そちらも是非覗いてほしい。覗いたところで何も見えないのだが。


11月の16、17日に防衛大学校の開校祭が行われる。パレードに棒倒し、F15のフライト等を一般向けに公開するイベントだ。防衛大学校の敷地の中に誰でも入れる数少ない日でもある(因みに防衛大学 校の敷地内ではポケモンは一匹も出ない)。私は防大を辞めてからも毎年開校祭には行っていたが、今年はこの展示の講評会と最終日に被り行けない。今年度卒業する64期は私が知る最後の期別だった。 私のこの2日は取り返せないが、この 2日を担保に生まれ落ちたこの作品は、開校祭の裏側でこそ真に 作品たり得るのだろう。

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